本木雅弘(モックン)がシブがき隊を解散(解隊)させたことが判明! 布川敏和(フックン)は了承も薬丸裕英(ヤックン)は反対だった!? - エンタメ福福

本木雅弘(モックン)がシブがき隊を解散(解隊)させたことが判明! 布川敏和(フックン)は了承も薬丸裕英(ヤックン)は反対だった!?

本木雅弘(モックン)がシブがき隊を解散(解隊)させたことが判明!
布川敏和(フックン)は了承も薬丸裕英(ヤックン)は反対だった!?

本木雅弘(モックン)さん「サワコの朝」(TBS系)で

「シブがき隊を解散させたのは僕。」

と暴露、激白しました!
阿川佐和子さんのような方
だと話しやすいのかしら?)

そもそも役者希望だと言われていた
本木雅弘(モックン)さん。

シブがき隊というアイドルグループ活動は
気乗りしない仕事だったのでしょうか?

「デビューイベントがデパートの屋上だったんですけど、
恐ろしい女の子(の数)が来ていて、こんな若造に
(ファンが)熱狂することにひいてしまった自分がいた。
物事を俯瞰(ふかん)して見てしまうことがありました」


と「サワコの朝」でアイドル時代を振り返る
本木さん。

本木さんは埼玉県桶川市出身の50歳。
妻は内田也哉子さん、義母は樹木希林さん、
義父は内田裕也さん、娘の長女・内田伽羅さん
も女優。

本木さんはドラマ「仙八先生」に15歳で出演し、
俳優デビュー。

翌年、公募で決まったグループ名

「シブがき隊」

で歌手デビューを飾り、当時の賞レースを
総なめします。

”花の82年組”の同期には

中森明菜さん、早見優さん、堀ちえみさん、
三田寛子さん、石川秀美さん、松本伊代さん


という錚々たるアイドル達と競演していたのは

今は昔・・・。

シブがき隊“解隊”(解散)後は俳優業に
アーチスト面もプラス。

篠山紀信氏撮影のヘアヌード写真集
「white room」を出版し、ファンの度肝を抜き、
NHK紅白歌合戦の単独出演では井上陽水さんのカバー
「東へ西へ」をお尻出し衣装で歌いあげ、
福福はじめ、ファンを動揺させたモックン。


シブがき隊に話を戻しましょう。(笑)

実働7年半の活動で「シブがき隊」は
“解隊”(解散)することになったのですが、
そのきっかけは本木さん自身だったと暴露。

「もともとお芝居の方に興味があった。
グループを終えさせてしまったのは私なんです」


と本木さん。

解散(解隊)が決まる少し前に芸能界引退も
覚悟、

「業界そのものを辞めようと思って、
パリかどこかで皿洗いでもいい、
何でもいいからしたい」


と「シブがき隊」メンバーに
相談していたとも・・・。

「辞めたいと2人(布川敏和、薬丸裕英)に
言ったとき、2人とも目が点でした。
布川さんは『本木が言うなら(解散は)いいよ』
と言ってくれました。薬丸さんはグループを
愛していたので続けたいという気持ちがあったと
思います。私が暴走したのでこういう
(解散という)結果になった」


しかし、解散(解隊)は俳優として数々のドラマ、
映画に出演。

芸能界引退って、解散するための一世一代の賭け
だったってこと?( ;∀;)

本木さんは超二枚目ハンサムイケメン(福福の主観)
だから俳優は天職だろうけど、他の2人はその後、
仕事面では苦労したようだし・・・。


ファンとして少々複雑・・・。

芸能界引退→一転、俳優業開始について本木さん、

「自分の弱さ、欲深さなんですが、(これまで)
3分の1の愛情を受けているのが、一身に
愛情を受けるのがどれだけのも試したかった。
それでダメならやめればいいと…」


ああ、やっぱりピンで仕事がしたかったんですね。
本木さん。

そもそも仲良しグループから始まったわけではないし、
ジャニーズ事務所の意向で活動していたようだし・・・。
仕方がないのかな…。

順風満帆な芸能生活を送る本木さん、でも、

「シブがき隊は俳優になるための踏み台」

だけは言わないで~!!(ファンからの願い・・・)


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也哉子さんは元気かな?




(本日も読んでいただいてありがとうございました!!)

(スポーツ報知)
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