飛行機事故で無念の解散!SMAP以上の海外ロック史は壮絶な解散・脱退エピソードだった!レーナード・スキナード編 - エンタメ福福

飛行機事故で無念の解散!SMAP以上の海外ロック史は壮絶な解散・脱退エピソードだった!レーナード・スキナード編

飛行機事故で無念の解散!SMAP以上の海外ロック史は壮絶な解散・脱退エピソードだった!レーナード・スキナード編

「ブラック企業のパワハラそのもの」とも言われた
SMAPの解散報道。

しかし、海外ロック史はそれ以上の壮絶な解散・脱退
エピソードがありました。

今回は飛行機事故で無念の解散となってしまったバンド、
レーナード・スキナードをご紹介します。

「ペギー・スー」などのヒット曲を持つロックンロールのパイオニア、
バディー・ホリー、オジー・オズボーンのギタリストとして80年代に
活躍、日本でもそのプレイに影響を受けたミュージシャンが多かった
ランディー・ローズ、カントリー歌手として名曲“カントリーロード
(Country Road)”が有名なジョン・デンバー、偉大なソウル歌手、
オーティス・レディングも航空機事故で亡くなっています。


昔は航空機事故で亡くなるケースが多かったのです。
しかも50代で亡くなったジョン・デンバー以外は20代で
この世を去っています。(涙)


それではレーナード・スキナードの話へ入りましょう。
1964年、フロリダ州で結成されたレーナード・スキナード。
バンド・コンテストで優勝後、地元のローカル・レーベルから
デビュー、脱退や加入、再加入を経てMCAレコードからアルバム
『レーナード・スキナード』でデビュー。

最大のヒット曲“アラバマ(Sweet Home Alabama)”に代表される曲は
ロックとカントリーミュージックを融合させた(後にサザン・ロックと
形容される)独特のサウンドで「TOCANA」様によると『70年代のアメリカ
(とりわけ南部)を熱狂させ、今なお根強い人気を誇っている。』
といいます。

確かに音楽もルックスも良い意味で男臭い感じ。そこが魅力かも。
(ライブは意外と女性ファンもいましたね)

そんなレーナード・スキナードに悲劇が訪れたのが1977年10月20日。
メンバーを乗せたツアー中の飛行機がミズーリ州上空で燃料切れを起こし、
墜落。

ボーカルであるロニー・ヴァン・ザント、ギタリストのスティーヴ・ゲインズ、
ゲインズの姉でバックコーラスのメンバーだったキャシー・ゲインズ他が
死亡。

レーナード・スキナードが新アルバムをリリースしてからわずか3日後の
出来事でした。

これによりバンドは解散。突然の幕切れでした。


残ったメンバーのその後はというと、

ゲイリー・ロッシントン、アレン・コリンズ、ビリー・パウエルは
1980年にロッシントン・コリンズ・バンドを結成し活動。

しかし、アレン・コリンズは1986年に交通事故で下半身不随、4年後に
慢性肺炎により死去。


ボーカルのロニーの弟、ドニー・ヴァン・ザントは38スペシャルで
奇しくも飛行機事故が起きた1977年デビュー。レーナード・スキナードの
後継を名乗り、ライブでレーナード・スキナードの曲を演奏していたことも。

1987年、ロニーのもう一人の弟、ジョニー・ヴァン・ザントと
レーナード・スキナード再結成。2006年にはロックの殿堂入りも果たし、
バンドは現在も活動中。2人の弟が兄・ロニーの遺志を受け継いだことに。


残念なことに初期メンバーのビリー・パウエルは2009年に心臓麻痺で死去。
初期メンバーのボブ・バーンズは2015年4月3日、交通事故で死去しています。

『職業柄、移動が多いからであろうか。ミュージシャンと航空事故死は
切っても切り離せない因果で結ばれており、時として世間を騒がせ、
人々の心に暗い影を落とす。』

「TOCANA」様。

レーナード・スキナードは飛行機事故により解散してしまうという、
無念の解散、運命に翻弄されたバンドと言えるでしょう・・・。


やはり、若い人や才能あふれる人が突然事故で亡くなるのを聞くと
悲しい気持ちになりますね・・・。

次回は「メタリカをクビになった」デイヴ・ムステイン。


★男臭さ全開!★




(本日も読んでいただいてありがとうございました)

(TOCANA・ウィキペデイア)
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